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日本の地場産業の多くはその原料がその土地から産出されたものによって成立している。石見銀山の銀しかり、奥出雲の“たたら”鉄しかり。  越後の和釘(わくぎ)に端を発する今日の一大地場産業に発展した燕三条の金属加工産業の場合も砂鉄が産出されたことによる。 ただし、当時の藩の産業指導よろしきを得て、江戸や難波の火事で焼失した家屋建設に伴う和釘の膨大な需要を見越した上での今日でいう「産業振興政策」あったがゆえに燕三条の野鍛冶たちも腕を振るうことができた。 新潟県燕市大曲に燕で製作された膨大な製品を集めた 「燕市産業史料館」がある。その新館は2008年11月に建てられた五つの箱状の展示室(各10m四方)からなる近代的な専門博物館だ。


「燕市産業史料館」本館(燕産業の歴史館)、新館(世界のスプーン類の展示、金属洋食器・金属ハウスウェアの歴史)、工芸館(歴代の燕の鎚起銅器の名品選)、「矢立煙管館」(丸山清次郎の矢立と煙管の名品コレクション)、「企画展示室」(企画展開催場)のいずれをとっても十分に時間をとって鑑賞したい名品ばかりが展示されている。 刃物や金属加工の地場産業に関する各地にある多くの専門博物館でその質量ともに飛び抜けているのが「燕市産業史料館」だろう(他の博物館が劣っているという意味では決っしてない)。ただ、この博物館群(パビリオンと呼びたい)の展示物は、江戸時代からの野鍛冶から始まった職人たちの汗と涙がしみ込んでいる品々であることだ。 燕市には「燕市産業史料館」の他に鍛造製品とは関係のない「長善館史料館」(漢学塾事跡)、「分水良寛史料館」の専門博物館がある。





おそらく地元以外ではあまり名を知られていない郷土の カメラマン・捧武(ささげ・たけし)の煙管を吹かして閑の時間を楽しむ老夫人と篭を売る男の白黒の写真が心にしみる。 また、火移しの瞬間を捉えた二人の男の安らぎの貌に、その煙管をいかに愛でているかが伺われる。  捧武はすでに故人となっているが、燕三条の地場産業の心をもっともよく活写でき、燕の地場産業のミーム(meme:意伝子)を唯一伝えられるカメラマンであろう。矢立と煙管の名品ばかりをコレクションした丸山清次郎の執念と共にその見事な作品をぜひ鑑賞していただきたい。  燕の洋食器が外貨獲得の先兵として大量に製造されるようになったのは、大正時代からのことだ。フォーク・スプーン・ナイフのいわゆるCutlry(カトラリー)製品で燕は外貨獲得に貢献した。とくに戦後は貿易摩擦の一因にまでなった。  幾たびかの貿易摩擦や経済変動の波を潜り抜けながら、燕は産地として逞しく生き延びてきた。そして、今日ではCutlery製品を中心に、ハウスウェア(鍋や包丁)、各種の道具類など製品の幅は大きく広がり、その裾野を広げている。  現在の代表的な製品は「燕三条地場産業振興センター」にメーカー別に展示されている(即売コーナーもある)。  その中でも、鍛造宝飾品とのコラボレーションという点では、鍛造箸は大いに可能性があるように感じた。 *本文章の構成に関して燕市教育委員会生涯学習課文化振興田中様燕市産業史料館斉藤様のご協力をいただきました。








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