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ようこそ、鍛造博物館へ。 といっても、この世に存在しない世界で唯一のWeb上のヴァーチャルミュージアムです。この 鍛造博物館 は徐々に増殖していくもので、現在はほんの「初期工事中」です。まずはその第一期工事計画部分からご覧いただくことになります。

<鍛造(たんぞう)とは何か>
まずは簡単にその歴史から眺めてみましょう。そうすることによって鍛造の全体像を掴むことができるでしょう。

■「鍛造」の始まり
鍛造(Forging=フォージング)の起原は古く、紀元前4000年以前からエジプトやメソポタミヤで、自然産の金、銀、銅等を叩いたり押しつぶし、装飾品や武器等あるいは、礼拝対象物などが、造られたことから鍛造の歴史が始まったと言われています。  古代インドでも鉄が発見されてスリランカのガンジー市は、古代の 鉄の産地であり、日本の「鍛冶」(かじ)という言葉はこのガンジーが訛ったものと言われています。 紀元前1200年頃には、古代人の鍛冶技術は鉄器の普及とともにおもに武器の製造が発達し、 日常生活の道具 や農耕具(鍬、鋤、斧など)等が鍛造によって盛んに造られるようになり、鍛冶技術も次第に発達していきました。 紀元前470年頃には、大陸からの渡来人が持ち込んだ素材を使って、多くの鉄製品が造られ、日本でも九州・中国・山陰・東北の各地方で鉄製品が生産されるようになりました。農耕具や狩猟具、大工道具の他に武器や馬具、更に甲冑等の戦闘具など、堅牢で 精巧な 鉄製品が多く生み出さるようになりました。 すでにお解りのように、鍛造とは金属に力を加えることで金属組織を強くし、鍛えることで多くの用途に応えてきた鉄や金銀の金属文明の基礎技術であったわけです。


■日本における鍛造
それでは、日本における鍛造の歴史はどうでしょうか。簡単にまとめておきます。

我が国の鍛造は、『古事記』や『日本書記』によると、西暦3世紀から4世紀にかけて、本格的な装飾品や農耕具造りが始まったとされています。装飾品とは広い意味でのジュエリーです。因みにジュエリー(主にリングなど)は鍛造技術だけではなく、今日もっともポピュラーな鋳造(ちゅうぞう=Casting)技術によっても製造されてきました。その技術は今日でも受け継がれ、多くのジュエリーは主に鋳造技術によって製造されています。その後、鍛造技術は日本刀や包丁などの刃物類の製造に応用され、平安時代に急速に進歩を遂げ、平安末期には、完成の域に達しました。その代表例が日本刀です。日本刀は15世紀には輸出するまでになり、陶磁器と並んで世界に誇る輸出品になり、刀工たちの匠の技に磨きがかかったわけです。つまり、美術品(ア―ト)の領域にも達っしていたわけです。鍛造美の世界は早い時代から築かれていたのです。

まとめておきましょう。
刀鍛冶のような優れた技術から生まれた鍛造製品は古くから、すでに世界に誇れるレベルだったわけです。言葉を変えて言えば、例えば日本刀の技術は、現代日本の高い鍛造技術の原点になったと言ってもいいでしょう。 また、そこには多くの職人の言い尽くせぬ汗と涙の物語があったことは言うまでもありません。


■現代の日本の鍛造技術
日本の明治以降の富国強兵の国策の基本は「鉄は国家なり」でした。もちろん、鉄道の車輪や軍艦の動力系機器類などの製造のために鍛造技術は大いに活用されました。いわば重厚長大産業の基本を支える技術としても重用されました。 第二次世界大戦後の日本では、鍛造技術の活躍の場はガラリと変わります。自動車や建設機器などの「民生・生活機器」類の製造に不可欠の基礎技術として位置づけられました。ズバリ、戦後の日本の高度成長を舞台裏で支えたのは鍛造技術だと断言してもいいでしょう。社団法人日本鍛造協会の資料によると1950年代は欧米技術の導入期で、1960年代は鍛造システムの「日本化」期でした。1970年代は拡大期、1980年代は本格需要期で、「量」と「質」の両面が追い求められた時代でした。1990年以降は鍛造の情報化、コストダウン期で新たな試練期を迎えているともいえます。



■期待大の鍛造ジュエリー
日本最大の産業といえば、自動車産業です。自動車を始めとする運輸機器類の生命線ともいえるベアリングやホイール類は型鍛造・自由鍛造などの優れた鍛造技術から生み出されました。しかし、これらの鍛造製品は外部からは見えませんが、間違いなく日本の優れた工業製品の内部には、必ずと言っていいほど有名・無名の鍛造の匠たちの技の所産が生きています。鍛造製品の組成を詳しく分析してみると、「鉄の繊維」(粒子)がきめ細かく強く結び付いてつながっています。鍛造製品の強さの秘密はそこにあります。割れにくく、ねじれなどにも耐える独特の強度をもった、精巧で美しい鍛造製品が、重要な「部品」として組み込まれる所以でもあります。

それらの「部品」は、金やプラチナ製ではありませんが、まさに鍛造ジュエリー、鍛造芸術とでも呼べるようなもので、強靭で美しいものです。日本の鍛造製品の工業出荷額は最盛期には年間1兆円にも達しました。今でも日本の鍛造技術のレベルは高く、日本の国際競争力を生み出す源泉になっています。 それでは、金やプラチナなどの鍛造ジュエリー(鍛造リング)はどうでしょうか。残念ながらその出荷額(シェア)は低く、鍛造工業界では、その存在はあまり認識されていません。しかし、日本人の審美眼は鋭く、日本刀、剃刀、鋏、包丁などの美しさが目出られるようになってきています。鍛造アート、鍛造ジュエリーのジャンルも確立されつつあります。ドイツやスイスの世界ブランドと並んで日本の鍛造アート、鍛造ジュエリーもその堅牢さ、美しさなどが評価されて、急速に鍛造ジュエリーファンが増えています。

鍛造美の世界は始まったばかりです。鍛造技術の沃野においては鍛造ジュエリーの占める面積は今のところ狭いものがありますが、斯界の努力によって多くの人々にそのよさが認識され、メジューな存在になることは明らかです。





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